第5話|転院と、ささやかな日々

第5話|転院と、ささやかな日々 体験談

入院から約3週間が経った頃、転院することになった。

最初の病院は急性期病院だ。命の危機を脱したら、次はリハビリ専門の病院に移る。それがこの病気の流れらしかった。

転院前夜、ブログにこう書いた。

「アイスブログの影に隠れて気づいていない人もいるようですが、入院直前から大変だった時期のことを書いてみました」

そう、この頃すでにブログを書いていた。アイスの話ばかり書いていたから、闘病記だと気づかれていなかったらしい。我ながら何をやっているんだと思う。


転院先は、思っていたより広くてきれいな病院だった。

驚いたのはスタッフの服装だ。白衣を着た人が一人もいない。皆、シャツにチノパンというユニフォームを着ている。病院というより、スポーツジムみたいな雰囲気だった。

リハビリルームも広くて、本当にジムそのものだった。

そして何より嬉しかったのが、食事だった。

美味しかった。しかも量を希望に応じて増減できるという。前の病院の食事がイマイチだっただけに、これだけで転院してよかったと思えた。

病室も広くて、またしても窓際のベッドだった。ベッドから富士山が見えた。快晴の日は山肌まではっきりと見えた。


転院先でのリハビリは、前の病院よりハードだった。

毎日、病院から都内の繁華街まで歩く訓練をしていた。往復1時間、距離にして約5キロ。最初はフラフラになりながら歩いていたが、次第に余裕が出てきて、散歩自体を楽しめるようになっていった。

病院のスタッフが毎回付き添ってくれた。色々な人と話しながら歩くので、それが気分転換にもなった。

普段はブーツや革靴ばかり履いていたが、毎日歩くようになってからはさすがに疲れる。数年ぶりにスニーカーを買った。


転院先での生活には、ささやかな楽しみがいくつかあった。

アイスは引き続き食べていた。前の病院のケース内全種類制覇という目標は転院で未達に終わったが、悔しさを胸に新たな売店のアイスを開拓し始めた。ちなみにチェリオのホワイト生チョコは本当に旨かった。

ピュレグミにハマった。それまでグミなんて見向きもしなかったのに、たまたま買ってみたら酸っぱさが病みつきになった。グレープ、レモン、ゆず、どれもおすすめだ。

キャラメルも好きになった。森永ミルクキャラメルのバリエーションが黒糖・抹茶・あずき・ミルクの4種類あることを、入院中に初めて知った。あずきが一番濃厚で美味しかった。

入院してから、甘いものが好きになっていた。脳にはブドウ糖が必要だから、という例の理論を引き続き採用していた。


12月のある夜、病院でクリスマスコンサートがあった。

出演者の告知が直前で、その名前を見てビックリした。綾戸智絵さんだった。

まさか病院でこんな演奏が聴けるとは思っていなかった。テネシーワルツが素晴らしかった。

34歳独身、病院のクリスマスコンサートで綾戸智絵を聴く。

人生、何があるかわからない。


そして転院先には、もう一つ驚きがあった。

リハビリルームに行ったら、いつになく緊迫した雰囲気が漂っていた。

一番奥のトレーニングマシンで、あの背番号3番の国民的英雄がリハビリをされているという。遠目ではよくわからなかったが、帰り際に近くを通った時にはっきりと本人と確認できた。

この病院でリハビリされているとは聞いていたが、まさか実際に遭遇するとは思っていなかった。

脳梗塞のリハビリ病院で、同じようにリハビリをしている。それだけで、なんだか勝手に励まされた気がした。

著者:のぞむ(脳梗塞・心不全・糖尿病の当事者)
自分の闘病経験が、誰かの「まさか自分が」を防ぐヒントになれば、このブログを書く意味があると思っています。
※この記事は当事者の体験と公開情報をもとに作成しています。医療上の判断は必ず医師にご相談ください。

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