第6話|退院、そして「ただいま」

第6話|退院、そして「ただいま」 体験談

1月に入り、退院に向けた準備が始まった。

ソーシャルワーカーとの面談があった。ソーシャルワーカーとは、入院生活から退院後の社会復帰までをサポートしてくれる人のことだ。

日常生活については、外出以外はほぼ一人でできるレベルまで回復していた。ただ仕事への復帰はまだ難しい、というのが正直なところだった。どのレベルまで回復したら退院・復職できるか、担当医と具体的な目標を話し合うことになった。

脳外科の担当医には「2月頭までは安静に」と言われていた。まだまだ時間がかかる。でも焦っても仕方ない。今はやれることをコツコツやるしかない、とこの頃は思っていた。


毎日の散歩訓練を続けながら、少しずつ行動範囲が広がっていった。

電車に乗る訓練もした。自宅の最寄り駅まで電車で行き、そこから会社の最寄り駅まで。2ヶ月ぶりに見る見慣れた駅前は、建設中の高層マンションの工事が進んでいた。時間が流れていたことを、そこで初めて実感した。

通勤ラッシュの電車にはまだ乗れないだろうと思いながら、それでも一歩ずつ前に進んでいた。


1月末、外泊訓練があった。

退院して一人暮らしの生活に戻っても問題がないか確認するための、2泊3日の外泊だ。

自宅に帰った。

行きたい場所へ行き、会いたい人に会い、食べたいものを食べて、やりたいことをやった。

当たり前のことが、当たり前でなくなって、ようやく再び手にした自由な時間だった。感激が大きかった。

ずっと食べたかったラーメンの名店にも行った。雨の中並んで、結局完食できなかったけれど。

外泊を終えて病院に戻り、退院日が正式に決まった。

2月11日。


退院前夜。

荷物をまとめながら、ふと思った。

見知らぬ外国の地で理不尽な理由で数ヶ月足止めを食らって、ようやく明日の飛行機で日本に帰れる。そんな感じだった。

入院からまだ3ヶ月だったが、自分の中ではもう1年くらい経った感覚だった。

明日が待ち遠しかった。とにかく嬉しかった。


2月11日、退院した。

嬉しくてたまらなかった。当分は家から出ないで引きこもりたい気分だった。

でも、病院を出る前に挨拶して回った。スタッフの方はもちろん、患者さんやそのご家族にも。

リハビリルームでよく一緒になっていた、会話のできない車椅子の少年に挨拶をしに行ったら、とても寂しそうな顔をされた。握手を求められた。

「これからも頑張ってね」

そう声をかけたら、力強く手を握り返してくれた。

この3ヶ月、色々な人との出会いと別れを繰り返してきた。たくさんの人に励まされ、優しくされ、時には厳しい言葉をかけられた。そのすべての人に「ありがとう」と伝えたかった。

家に帰った。

玄関を開けて、一言だけ言いたかった。

ただいま。

ベランダのハーブが全部枯れていた。3ヶ月、誰も水をやっていなかったから当然だ。でもそれすら、なんだか嬉しかった。

著者:のぞむ(脳梗塞・心不全・糖尿病の当事者)
自分の闘病経験が、誰かの「まさか自分が」を防ぐヒントになれば、このブログを書く意味があると思っています。
※この記事は当事者の体験と公開情報をもとに作成しています。医療上の判断は必ず医師にご相談ください。

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