第2話|救急車を、自分で呼んだ

第2話|救急車を、自分で呼んだ 体験談

インターホンが鳴った。

オートロックを解除して、玄関の鍵を開ける。それだけのことが、信じられないくらい大変だった。

救急隊員が部屋に入ってきた瞬間、変な安堵感があった。

このまま誰にも気づかれずに死んでいくことは、もうない。

一人暮らしで倒れた人間が最初に感じる安心が、それだった。


救急隊員は手際よく処置を進めながら、矢継ぎ早に質問してくる。朦朧としながらも、一つひとつ懸命に答えた。

喉がカラカラだった。

「水を一杯もらえますか」

キッチンから水を持ってきてもらい、口に含んだ。飲み込もうとした。

全部、吐き出した。

喉がコントロールできない。水はおろか、自分の唾液すら飲み込めなかった。自分の体が今どういう状態なのか、全くわからなかった。

担架で外まで運ばれ、救急車に乗り込む。

救急隊員が受け入れ先の病院に連絡を取っている。なかなか繋がらない。その間、これだけは伝えておかなければと思い、実家の連絡先と会社の名刺の在処を横の隊員に告げた。

34歳独身、もしもの時に動いてくれる人間への連絡先を、救急車の中で伝えている。なんとも言えない気持ちだった。

ようやく受け入れ先が見つかった。

「個室しか空いていないので、差額分高くなりますがよろしいですか」

こんな状況で金に糸目をつけていられるか。即答した。

サイレンが鳴り響き、救急車が走り出した。

隊員が実家の母に電話をかけている。受け入れ先が見つかり、もう一人じゃないとわかった瞬間、急に意識が遠のいていった。


次に気がついたら、病院だった。

たくさんの人に囲まれて、名前を呼ばれている。目を開けようとするが、蛍光灯が眩しくて見開けない。極度の目眩で天井がぐるぐる回っている。

当直医と数人の看護師が色々な質問をしてくる。答えようとするが、唾が飲み込めず喉がカラカラで、声がまともに出ない。

口頭の質問に答えながら、身体の動作チェックをされながら、腕に点滴が刺されていく。何度もベッドごと部屋を移動する。MRIやCTの撮影らしかった。

移動途中の廊下で、母親と当直医が会話しているのが聞こえた。

どれくらい時間が経ったかわからない。

一通りの検査が終わったらしく、医師が説明してくれた。

「脳梗塞の疑いがありますが、CTには異常が見当たりません。脳へのダメージは現時点では確認されていません。詳細は翌朝の精密検査まで」

ボロボロの状態ではっきり理解できなかったが、「脳にダメージがない」という言葉だけは頭に残った。それだけで、少し息ができた気がした。

病室に通され、しばらくすると眠り込んでいた。


翌朝、目が覚めた。

寝たのか寝ていないのかわからない感覚だった。相変わらず唾液が飲み込めない。口に溜まった唾液を吐き出すか、垂れ流すかしかできない。声を出すのも一苦労だった。

朝一番で精密検査をするという。

医師が説明してくれた内容がこうだ。カテーテルという細い管を脚の付け根の血管に入れて、血管伝いに脳まで通して撮影する、と。

説明されても全くピンとこなかった。とにかくすごいことをやろうとしてるんだな、くらいにしか感じなかった。

手術室にベッドごと運ばれる。全身麻酔で眠るのかと思いきや、股に局部麻酔を打っただけで検査がスタートした。

股に何かを差し込む鈍い痛みが、麻酔越しにも伝わってくる。

意識が朦朧としてきた頃、管が脳に届いたらしい。遠くから「息を止めてください」という声が聞こえる。息を止めるたびに、頭の中から青白い光が走った。目を閉じていてもわかる、不思議な光だった。

そんなことを何度か繰り返し、検査が終わった。

この入院で、これが一番つらかった。

カテーテルによって具体的な患部と脳梗塞の原因が判明したらしい。病室に戻ったが、検査の疲労で意識はほとんどなかった。医師や家族、会社の上司が来て話しかけてくれていたが、何を言っているのかわからなかった。記憶にもない。

気づいたら夜になっていた。

意識は、完全になくなっていた。

著者:のぞむ(脳梗塞・心不全・糖尿病の当事者)
自分の闘病経験が、誰かの「まさか自分が」を防ぐヒントになれば、このブログを書く意味があると思っています。
※この記事は当事者の体験と公開情報をもとに作成しています。医療上の判断は必ず医師にご相談ください。

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